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東京高等裁判所 昭和62年(う)458号 判決 1987年8月07日

本籍・住居

山梨県都留市桂町一四四七番地の八

パチンコ店店員

上杉武次

昭和一九年三月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年二月一六日甲府地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件の控訴の趣意は、弁護人鶴田小夜子名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に、各記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件事案の概要は、遊技場を経営していた被告人が、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外し、簿外預金を蓄積する等の方法で所得を秘匿したうえ、昭和五六年から昭和五八までの三年分の所得につき、虚偽過少の金額を記載した所得税確定申告書を提出して合計一億八三一四万八九〇〇円の所得税をほ脱したというものであって、脱税額が多額で、税ほ脱率も通算で約八〇パーセントとかなり高いこと、脱税の方法が計画的で巧妙であることを考え合わせると被告人の刑責は軽視できない。

そうすると、被告人が反省していること、本件脱税分につき、被告人が修正申告のうえ、本税は昭和六二年九月末までに完納の見込みで地方税はすでに完納していること及びこの種税法事件に対する量刑の一般的傾向等被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を懲役一年二月及び罰金四〇〇〇万円、懲役刑につき三年間執行猶予に処した原判決の量刑は、罰金額(ほ脱税額の約二一・八パーセントにあたる。)の点をも含めて、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

被告人 上杉武次

右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は、左記のとおりである。

昭和六二年五月一二日

右弁護人 鶴田小夜子

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、「被告人を懲役一年二月および罰金四〇〇〇万円に処する。右懲役刑については、三年間刑の執行を猶予する。」としたが、右刑の量定は本件事案に鑑みるとき重きに失し、明らかに不当である。

一 本件事案の概要は「被告人が昭和五六年度、同五七年度及び同五八年度の三年度にわたり、税額にして総額約一億八三一三万円をほ脱した」というものである。

被告人が右のような所得税法違反を敢行した動機は、好況・不況の波が激しい上景気の動向を把握することが困難なパチンコ業界にあって、不況時にも事業を継続するためには好況時に備蓄しておく以外に方法がないと考えたからに他ならないのであり、被告人個人が遊興三昧に耽るためあるいは事業とは別個の個人的な備蓄のための犯行と異なり、犯行の動機に斟酌すべき事情がある。

また、本件犯行の態様も、たまたま出玉数を把握するコンピューターが故障して実際の出玉数の約九割程度の打出しとなりこれを帳簿類に記帳していたことから、帳簿上の計算と現実の売上との差額余剰分をほ脱することとしたというに過ぎないものであり、周到に準備された脱税事犯とは事案を全く異にしている上、所得の申告率自体六〇乃至二六パーセント、三年度の平均でも約三七パーセントに達しており、この種事犯の中にあっては比較的高い申告率であると言い得るもので、さほど悪質とは言い難い。

二 犯行後の状況も、被告人は、ほ税した所得の殆ど全てを事業の設備投資等に充てており、であるからこそ今日の厳しい経済状況下においても年間七〇〇〇万円を越える納税を果たしているのである。

また、被告人は、国税当局の指導を受けるや直ちに修正申告をなし、今日まで本件ほ脱税の大部分の納付を了しており、右納付のために本件以前に取得した不動産さえも手離している状況にある。

なお、被告人は、原審判決後、より速やかに本件に係る税金の納付を完了するため金融機関に借入れ申込みをなし、遅くとも昭和六二年六月末日ころまでには本税を完納する見込みであり、原審判決後のかかる事情をも考慮された上で量刑がなされたい。

三 原判決は、甲府地方裁判所に係属した同種事件と刑の量定において著しく均衡を失する。

甲府地方裁判所管内における本件と同種事犯の量刑は、ほ脱税額一億八〇〇〇万円程度の場合殆どが罰金三〇〇〇万円乃至三五〇〇万円であるにもかかわらず、原判決は被告人を罰金四〇〇〇万円に処するとしており、刑の量定において著しい不均衡がある。

なお、右他事件の判決謄本は、入手出来次第資料として追完する予定である。

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